嫌な人間が存在できる仕組み

世の中には一定の割合で嫌な人間が存在します。
嫌な人間が好きだという変人はあまりいないでしょう。誰でも嫌な人間は嫌なはずです。
それでは、なぜ嫌な人間は存在しているのでしょうか。

一つの答えは多様性でしょう。
多様性を求め、他人と違う個性を確保するためには、他人が近寄らないアンモラルな領域の中に答えを求めるのが手っ取り早いのです。

世の中が過剰に個性を求めることには、こういった裏の目的があったのです。
つまり悪が存在してもおかしいことではないと思わせるためです。

悪が存在することで人は成長できるという訳の分からないことを言う人もいます。
悪のせいで多くの人が死んでいるのに、何のための成長なのでしょうか。

性善説も性悪説もありません。人間は反応するだけの生き物です。
それがあるとするならば、人間は何者かにコントロールされているという証拠になります。

誰も嫌な人、悪い人と付き合いたいとは思わないでしょう。
しかし、悪い人、嫌な人にメリットを与えることで、それは可能になります。

例えば嫌な人間と付き合うことで社会的な地位が得られやすくなる、異性と出会いやすくなる、麻薬などを使用する特権が得られるなどです。これだけのメリットで、人を操ることは容易なことです。大き過ぎるメリットと言えるでしょう。

社会は表向き、こういった事態に対抗しています。

世の中では嫌な人間になってはいけない、悪い事をしてはならないと至る所で警告されていますし、誰もが嫌な人間は嫌だと伝えているので、人間と関わって生活しているのならば、嫌な人間では生きていけないほどの圧力があるはずです。

それでも悪い人、嫌な人は存在します。

これは多面性という仮面をかぶることで可能になります。
つまり、一般的に悪い人、嫌な人であっても、身内や仲間にだけは優しい、いい人であるということです。
これは人によって態度を変えるという極めて卑怯な悪人なのですが、世の中では実はいい人、中身はいい人という名称で、その悪を社会的に隠されています。実際はこの手の人間こそが正真正銘の悪なのです。
というよりも、中身も外見も誰に対しても悪では流石に生きていけません。
大抵は肝心なところは譲らずに、実はいい人間の部分もあるということを演じることでやり過ごすのです。
これが真の悪人の身のこなし方です。

それは社会的に隠蔽されています。

世の中には、嫌な人間のことを分析し、対処しようとするシステムが存在しません。
一般の人は、嫌な人間がなぜ存在するのかということをあまり考えません。

マスコミは嫌な人間を面白いと持ち上げて、嫌な行為をさせる焚き付け行為を行っています。

悪を突き詰めて考えようとすると、必ずそれを阻害しようとする勢力が現れます。
いじめの問題が、なぜかマスコミでは自然発生したやむを得ない事象として表現されています。
いじめは間違いなく意志のある人為的なものです。
マスコミでは、いじめは解決することが不可能な天災のようなものとして扱っています。
いじめはルールさえはっきりさせれば解決する問題なのです。
世の中の悪や嫌なことも同じです。
マスコミや人々は悪を突き詰めて解決しようとしていません。
意図的にそうしているのです。

嫌な人間、悪い人間が存在出来る理由は、社会的に安全地帯が作られているからです。
嫌な人間や悪い人間は社会的に守られています。
嫌な人間は、嫌な人間のままでも生活できる特殊な立場にいます。
嫌な人間は、嫌なことをしても、会社、親族、友人などから守られてしまう立場です。
本当は嫌なことをした場合、まわりの人間が注意しなければならないのですが、嫌な人間、悪い人間を誰も止めることが出来ません。

会社の上司が嫌な人間であった場合、会社の誰もが注意してくれません。
会社の部下が嫌な人間であった場合、注意すると注意したこと自体を注意されてしまいます。

嫌な人間が嫌な人間で居られる理由は、社会の力によるものです。
何処かに倫理の歪みがあります。

嫌な人間が居た場合、社会全体で注意してくれても良さそうなものです。
現実は、嫌な人間を自分一人で注意して、しかも注意したことを世の中から注意されるという世の中です。
正直者が馬鹿を見る、あまりにも理不尽な世の中です。
世の中の人々は、それでも世の中は正常だと言い張ります。

嫌な人間、嫌なこと、悪い人間、悪いことというのは、いずれもはっきりとしています。
誰でも嫌なことは共通して嫌なことなのです。
はっきりしていることを、あえてぼかすのがこの世の中です。
それに気付いているのが集団ストーカーの被害者たちです。

嫌な人間や悪い人間は、自然発生しているというよりは、社会が積極的に作り出しているのです。
我々が嫌な人間や悪い人間になろうとすると、強力なバッシングを受けます。
場合によっては社会的な制裁を受けるでしょう。
しかし嫌な人間は存在します。
彼らは特殊な人間なのです。

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