メリットとデメリットの考え方

メリットとデメリットは単純な足し算や引き算では計算できません。

ところが世の中には、大きなメリットがあるのだからと、小さなデメリットに目を瞑らせる圧力が働きます。
そんな小賢しいテクニックなど本来は通用するはずがないのですが、不思議と通用してしまいます。

その小さなデメリットは、人によっては生死を分けるほどのものになることがしばしばあります。

良いことを行う時、特に政治でそれを行う時に、必ずと言っていいほどデメリットが混ぜ込まれます。
デメリットを排除してメリットのみを享受することは可能なのですが、わざとらしくデメリットが混ぜ込まれるのです。

その力の根源です。
それは集団ストーカー以外に考えられません。

悪い人間がいるから世の中は面白い。
暴力団は外国の闇組織から日本を守ったという実績がある。
自動車は便利なものなので、多少の交通事故の死者は止むを得ない。
死亡事故は着実に減っている。
スキャンダルは芸の肥しであり、スキャンダルを起こさない生真面目な人間はつまらない。
麻薬の使用は芸術作品にプラスに働く。
悪いことを経験した人間の方が人間として大きく成長し、いろいろなことに対処できるようになる。

すべてまやかしの言葉です。
デメリットを消すことなど簡単にできます。
デメリットを消したからといって、メリットまで消えるという理屈はありません。
そんなことはあり得ません。

こんな簡単な洗脳に騙される人が存在するとは思えませんが、世の中では確かにそれらの言葉がまかり通っていて、ことあるごとに、さりげなく語られます。

政治で動く世の中というものも信用できません。
科学で世の中が動くというのなら分かりますが、政治は簡単に最適化できるものですから、意見がぶつかり合うということが理解できません。

変な洗脳は簡単に受け付けるのに、政治を最適化するための洗脳は受け付けないのでしょうか。
メリットとデメリットの混乱の洗脳は受け付け、デメリットの排除という感覚は忘却するのでしょうか。

デメリットのみの排除こそが世の中を読み解く鍵です。

嫌な人間、悪い人間という不自然な存在を、自然に世の中に存在させるためには、デメリットの混ぜ込みという嫌がらせが必要です。

簡単なトリックです。

人間性に問題がなければ政治家になれないのか。
科学的、人道的に政治を進める政治家にデメリットを作っている力とは何か。
暴力団を解体することが出来ない本当の理由は何なのか。
なぜ理不尽な判断をする裁判官やテレビタレントが後を絶たないのか。
自転車に車道を走らせるという、まだ危険回避の枠組みが完成する前の判断を、なぜ政治は行ったのか。

完璧な人間は存在しないから、欠点のある人間は許されるという理屈もおかしなものです。
欠点を真面目に克服しようとしているかどうかを見抜けない人間などいません。
簡単に克服できるものをわざと、それは性格だからなどと直そうとしないことを、押し通そうとする人間がいます。性格を直せないというのなら、それはもはや人間とは言えません。
人間なら、ある程度の大人ならば、思い立った瞬間に1秒で性格など変えられます。
性格が変わらないのは、心の中で変えようとしていないからです。
もっと正確に言えば、それらは外部からの影響で決まります。
性格は、人間の防御反応によって形作られる思考回路です。
だからといって、悪い性格を直せない理由を外部には押し付けられません。
その世の中のメカニズムを解明しなければなりません。

性格の本、自己啓発の本、心理学の本、それらの学者、すべて馬鹿らしいものに見えます。

駄目なものは駄目、良いことは良い、当たり前のことを当たり前にすれば何も難しいことはありません。
当たり前を覆そうとしている人間がいます。
その正体を見極めなければなりません。
それは身近にもいますが、手の届かないマスコミの中にいる場合、厄介です。

インターネットのニュースのコメント欄の回答は大方まともである。
にも関わらず、ニュースの視点がまともではない。
明らかに国民感情とずれた視点でニュースを流し、時に反感を意図的に誘発する。
プロの報道機関がそんなことをするとは思えない。

政治家の行動も同じである。

何か大きな力が介在している。
これに気付かない人間がいるとは思えない。

正義に反すること、メリットに反することを行うことは異常なのだと認識すれば、それには簡単に気付くはずです。

気付いているか気付いていないかは、すべてがコントロールされているのなら、関係がなくなります。
世界をコントロールしている力に気付けない。
だから世界をコントロールしている力が存在すると言っている人間を精神病に見立てる。
この世界の現状で、どのように見ればすべてがまともに見えるのか。

最悪の場合、すべてが乖離して見えます。その方がまともです。
しかしその乖離を指摘することは、リスクが高過ぎて出来ません。
それを実行した場合、大抵何らかの拘束を受けます。

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