世界の真実

第一に、真面目に話さなければならないことを真面目に話していないという現実があります。

世界の人々がどうすれば安全に生活できるのかということに対して、すべての政治家が明言を避けています。
アメリカの大統領が危険な方向へ向かおうとしているのを、誰も止めることができません。
結果ではなく、危険を煽る行為を避けて、危険を回避する方向へ向かわなければならないのです。

世界のすべての国の圧力で、話し合いに応じるように圧力をかけること、そして妥協策を見出すことは簡単です。

例えば、人口抑制の共通政策は第一に考えなければならないことです。
世界のどの国も、宗教的なものなのか、そのことに触れません。

人口が増え続ければ食料供給に無理が出てくるのは明白です。
食料や娯楽にばらつきがあるから戦争が起こるのです。

人間のかたちに合わない宗教の部分が存在することも明白です。
宗教という言い訳を通用させないようにしなければなりません。
宗教からの脱却を、科学的に推進する動きが見えません。

何より流れる情報のほとんどが強者の論理であり、かつ、モラルを軽視しすぎています。
モラルが崩壊すれば、弱者でさえが反乱を起こし、世の中が乱れるでしょう。

何を言っても無駄である世の中、その正体を認めるべきです。

どこまで自由を認めるのかという議論の答えは明白です。
他者の自由を侵害しない程度の自由が、許される自由の範囲です。
それはモラルによって判断し、決めれば良いのです。
モラルはほとんどの人間に共通しており、ほとんどの人間が納得しています。

悪は小さな段階で取り締まるのが効率的です。
それが悪であるかやむを得ないことであるかは明白でしょう。
悪はたいてい、わがままの度合いが極端に大き過ぎるのです。
暴力団ほど社会的な反社会勢力になってしまえば、どうすることもできません。
というよりも、どうすることもできない警察や日本政府の方を疑うべきでしょう。
実際は簡単に撲滅できるはずです。
それは弱いモラルの段階だけでも矛盾した存在であり、取り締まることに対する後ろ向きな感覚がある方が明白におかしいからです。

いじめのニュースを見るたびに、教育委員会や教師などがそれを取り締まろうとしない態度に憤りを感じる人は多いでしょう。まるでいじめを行う側の味方をしているようです。

いじめる側といじめられる側、どちらが悪かは明白です。
しかし世の中には、どちらが悪か分からないと発言する人が後を絶ちません。
いじめという行為そのものが悪なのです。
何か言いたいことがあるのなら、言葉で説明すれば良いのです。
相手は言葉が通じる人間なのですから。
言葉で言って分からなければ、教師や警察などに訴えれば良いのです。
それが出来ないのは、教師も警察も教育委員会もしばしばおかしいからです。

いじめの仕組みを黙殺する世の中という真実を認めるべきでしょう。

視点や視野のコントロールは、主にマスコミが行っていますが、それに乗っている人が多いのです。

戦争が良いことなのか悪いことなのか、どのような視点で見てもそれは分かるでしょう。
その原因を誰も説明できないのです。
政治家が国民感情を逆撫でする行為を繰り返す理由を、誰も説明できないでしょう。

視点ずらしに惑わされることなく、視野をしっかりと確保すれば、すべての問題は簡単なことです。
悪いことは駄目、たったそれだけのことです。

ところが世の中には悪い人間、堂々と悪ぶることがかっこいいと思っている人間が多く、すべてを惑わせます。それがミスリードの手法なのです。

平和が確立するまで、例えファッションであっても悪いことは許されません。
それは暴力団やいじめが根絶されてからはじめて許されるものです。
まぎらわしいことも悪なのです。

世界の真実は明白で簡単なことです。
説明できない世界に住んでいるということがおかしいのです。
説明できない理由があるなら、その理由を説明するべきでしょう。
その説明ができるようになるまで、悪を許すべきではないでしょう。

説明できない悪を許容している人間を、私は信用することができません。

難しく考える必要はありません。
世界は間違っている。
その真実だけを素直に捉えるべきです。

世界の嘘に気づかないという不自然な人間がいることを、証明しなければなりません。
しかし、謎解きをしていると人生が終わってしまいます。

どちらを取るかではなく、偽物の世界で生きることを強制されているのです。
選択肢はありません。

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