集団ストーカーは妄想であるという妄想

ややこしい話になりますが、何が妄想で何が現実かを見極めるのは結構難しい問題です。

何が現実かは誰も分からない状況です。
現実を理解するのは脳であり、意識です。つまり、現実を認識しているのは妄想です。
まずこのことに気付かなければなりません。

妄想という言葉は本来、頭の中で考えること、想像すること、空想すること、もしくは現実と相違することを真実だと思い込むこと、誤認して信じることを言います。
医学的には、現実と妄想の区別がつかなくなった状態のことを言います。

集団ストーカーの場合、被害者が検証を繰り返して、信じ難い現象であることを主張していることから、医学的な妄想とは違うことが分かります。
被害者は現実と妄想の区別がつかなくなっているのではなく、「在り得ない」ことに驚愕しています。
つまり、自分で信じ難いことを自覚して、妄想かどうかの検証を最初にしています。

医者がそのことを判断出来ないのは、その世界を知らないからです。
知らない世界を無いものとして考えてしまうため、妄想ではないという被害者の主張の部分が聞こえずに、妄想と現実の区別がつかなくなっていると判断しているのです。

さらにややこしいことに、妄想のような被害者ブログが多数存在することも理解を困難にしています。
人々は分かりやすい物事の一部分のみで判断してしまうことが多々あります。
妄想のように見える特定の一部分のみを説明することにより、真実から遠ざけようとするミスリードを行う記事をたくさん見かけます。
一部分だけを見て判断してしまえば、真実が逆転してしまう恐れがあります。
慎重に全体像を見なければなりません。

妄想のように見えるのは、集団ストーカー被害の一部です。

集団ストーカーの被害のほとんどは、妄想かも知れないといった可能性が残るほど生易しいものではありません。
次から次へと偶然を装って敵が襲ってくるのです。
一日のうちに何度も車に轢かれそうになる可能性がどれほどあるでしょうか。
明らかに妄想ではありません。
それが毎日のように続くのです。

被害者によって状況は千差万別であり、妄想のように見える被害者が多いことも事実ですが、それがガスライティングというミスリードの手法です。
被害状況は日々変わるのですが、何がしかの不自然過ぎる被害は受け続けます。
妄想という生易しい話ではありません。

だとすると、妄想しているのは被害者ではなく、妄想だと判断してしまっている方ということになります。

ややこしい話ですが、どちらが検証を突き詰められているかということで、どちらが妄想に近いのかを判断しなくてはなりません。
ある意味、言葉のやり取りというのは、妄想と妄想のぶつかり合いです。
言葉には嘘や誤認、ニュアンスのずれが入り込みます。
集団ストーカーの被害の場合、体験そのものを信じてもらうことは困難です。そのように操作されているからです。

さらにややこしいことに、集団ストーカーは世界中にミスリード用の情報をばらまいていますので、何が真実かは極めて分かりにくい状況です。

集団ストーカーは本物の統合失調症患者を作り出せる科学力を持っている可能性が高いのです。
こうなってくると、ほとんど検証は不可能になります。
そもそも、世界は集団ストーカーに支配されていますから、真実は如何様にもコントロールされます。
情報のコントロールも集団ストーカーの意のままです。

後は世の中全体のおかしさから、集団ストーカーの証明をしてゆくしかありません。

なりすましを除けば、集団ストーカー被害者のほとんどは、状況を理解出来ていないまでも、嘘は言っていません。
嘘を言う理由がありません。

集団ストーカーの話は、ほとんどインターネットでしか見ることができません。
テレビなどでもわずかに報道されますが、荒唐無稽な妄想として扱われます。

ある芸能人が集団ストーカーについて説明しましたが、世の中の反応は麻薬のせいで頭がおかしくなってしまったというものでした。
実際は特に異常な行動は見られないのでまともなのですが、まともであることが分かった途端に、冗談のような話として片付けられようとしています。
麻薬の陽性反応が出ながら釈放されるという、あまりにも出来すぎた奇妙なシナリオを不思議に思わない人も多いでしょう。
それは本来、あり得ないことです。マスコミの情報だから、みんな信じてしまうのです。
事実は小説よりも奇なりと言いますが、現実的にはそんなことはあり得ません。それはミスリードさせるために使われている言葉です。
このニュースは、何者かによって作られたものでしょう。
芸能人はどちらかというと加害者側に近い立場だと思いますので、注意が必要です。面白い話ではありましたが、結局はミスリードに終わるでしょう。

インターネットの情報でも、被害を受けたことのない人々の意見は、やはり被害者の妄想であるという答えを基本に書かれています。
信じられないのも当然なのですが、論理の飛躍が否定派の方に起きていることに気付いている人がどのくらいいるでしょうか。
人間は、多少無理があっても信じたい方を信じてしまいます。

被害者の方も、集団ストーカーの存在を確実には説明出来ていません。
種明かしされているといっても、答えを教えられているわけではなく、集団ストーカーの存在が確実であると思い込まされているだけに過ぎないからです。
証拠は確率の異常と思考送信、身の回りで起きている異常しかありません。
証拠が山ほどあったとしても、それを信じない人々にとっては無いに等しいのです。

集団ストーカー現象の証拠でもある確率の異常には誰も触れません。
確率が異常であることは、事実上一般の人々も認めているのです。
世の中がおかしいことは、誰もが知っているのです。

しかし、世の中のおかしさの答えを集団ストーカーには求めない、よって答えが分からない状態です。

世の中の曖昧さを消し去れば答えは分かります。

我々は全ての真実を追求し続けています。

人間が為す全ての理不尽な行動を説明するべきでしょう。
それは可能です。
答えを本人に聞けば良いのですから。
それが出来ない理由はありません。
それで世の中の人間関係に関する全ての謎は解けます。
それが出来ない理由が、この世界が集団ストーカーに支配されているという証明なのです。

妄想とは便利な言葉です。検証不可能な出来事を、無いものとして片付けられます。
さらには被害者本人に責任転嫁して、2重に攻撃することが出来ます。

妄想という言葉に騙されるべきではないでしょう。
ほとんどの場合、妄想という言葉に悪意が含まれます。
妄想という言葉により、そこから先を考えようとしないように洗脳されます。
威嚇的な要素がある極めて危険な言葉です。

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