シミュレーション理論

世の中の法則や出来事が、自然に流れているのにしてはあまりに良く出来過ぎているように感じ、このような世界が偶然誕生することを懐疑的に考えると、この世界は操作され二次的に作られたシミュレーションなのではないかという答えに至ります。

そう思う根拠は宇宙の情報にも散りばめられており、私が最大の偶然と感じるのは、地球から見えるたった二つの巨大な天体である太陽と月が、見掛け上の大きさが全く同じであり、金環日食や皆既日食などの奇跡の確率の現象が、人間が希少と感じる頻度で頻繁に発生することです。

地球から巨大に見える天体はたった二つです。それが偶然同じ大きさに見えて、頻繁にぴったりと重なって見せるのです。そんな偶然があり得るのか。

宇宙の力のバランスも絶妙過ぎます。

例えば重力バランスを見ても、銀河系の核を中心に無数の天体が公転し、その一つの太陽の周囲を多くの天体が公転し、その一つの地球の周囲を1つの月が公転しています。
こんなにも公転の連鎖が続くような重力のバランスは、宇宙全体にほぼ同じ力で作用しています。
不思議と銀河系の核は正確に観測できていません。
また、銀河間は宇宙の膨張によって離れていきますが、アンドロメダ銀河だけは銀河系に近づいており、いずれ衝突する可能性が高いという予測もあります。
話として出来過ぎています。

太陽系を見ても、その惑星はそれぞれ設計されたかのように個性的で、太陽からの距離やそれぞれの質量が全く違うにも関わらずにバランスを取って公転し続けています。

さらに重力のパラメーターだけでなく、電磁気力のパラメーターも絶妙です。

核の周囲を電子が動き回り、電子の数の違いだけで無数の物質特性を作り上げています。
そしてその絶妙なバランスが多彩な自然現象を繰り広げ、偶然多くのアミノ酸を構成するようになり、それが偶然の確率で組み合わさり遺伝子を核とした生命体を作り上げました。

生命体は意識という機能を持ち、クオリアという色彩や感情を発生させる謎の現象を生み出し、物質の特性を超えた現象を脳内に投影しています。

実際にそれは現実のこの世界の話ですが、それを構築する過程を考えた場合、偶然にここまで到達したと考えるよりは、最初からこうなることが分かっていて初期パラメーターが設定されていると考えなければ、数少ない力のパラメーターがここまで絶妙だったことに対する説明が困難です。

科学者たちは、この世界は無からビッグバンによって突然誕生したと強硬に主張しますが、全くの無ではなく、力のパラメーターなどの設定は、初めからこの値に収束するように決まっていた可能性があります。

そのパラメーターはおそらく次元間によって定められた値であり、この宇宙の外側にはエネルギーに満ちた別の次元が存在すると考えなければ辻褄が合いません。

無から何かが生まれるはずがないのです。

それを科学者たちは頑なに隠そうとして、この宇宙の外側など存在しないかのように振る舞います。

この世界が唯一無二の真実であると信じ込ませたいのです。

この宇宙はおそらく多層構造の次元の一部であり、力は他の次元から来ているものです。
宇宙の外側である他の次元との干渉は、入力される力が一定になるような関係であり、それがこの宇宙の力のバランスを決定しています。

高密度の宇宙が爆発してしばらくの後にすべての力のパラメーターが現在の値に偶然収束したとするならば、それは奇跡です。
科学者はその奇跡が起きたのだと主張しますが、私は信じ難いので、この宇宙は初めから値が設定されていたシミュレーション宇宙である可能性の方を推します。
ビッグバンの状態だけが異常な状態であり、力の法則は元々現在の値が次元の外側に存在していたわけです。

しかし我々が触れることの出来る科学は情報でしかありませんから、すべてが真実の宇宙の姿を隠すための嘘の情報である可能性もあります。

温度計の値も、顕微鏡で見える映像も、すべて操作可能なのです。

宇宙までもがシミュレーションである可能性を太陽と月の大きさの一致で説明しましたが、シミュレーションはそこまで大掛かりなものではない可能性もあります。

そのようなシミュレーションのような世界は人間の嘘だけでも構築することが可能です。

最近の量子力学は、まるでこの世界がシミュレーションであることを示すような情報で溢れています。
量子もつれによる量子テレポーテーションという情報は、まるでシミュレーテッドリアリティへのミスリードのような情報です。
まるで観測によって物理現象が決定するかのような印象を与えるこの量子テレポーテーションですが、実際にシミュレーションの証拠にはなり得ないでしょうし、その時はこの世界が一つの終わりのかたちを迎える時でしょう。


この世界がシミュレーションであるならば、一体誰が何のためにという疑問が出てきます。
何のためにというのは、私は少し考え方が違います。

私はこの世界の元の世界は存在しないかもしれない可能性もあると考えますので、もともと構築され続けた結果がこの世界であると考えますので、つまり世界は元からシミュレーションによって発展してきたものであるという考えです。
この世界の元の世界は存在しないので、この世界こそが現実であるとも言えます。

シミュレーションというと、もともと発達した文明が研究や余暇のために作り出した技術というイメージですが、そうではなく、もともと生命体すら存在しない世界が、何らかの演算機能を持ち、仮想の生命体を演算のみで構築し、宇宙のパラメーターも演算のみで構築し続けて複雑なこの現実の世界を作り上げた完全シミュレーション世界の可能性もあるということです。

ですから元の世界はこの宇宙よりも遥かにシンプルで、三次元ほどの存在ではなく、二次元か一次元の存在である可能性もあります。

自然に生命体が構築されるなら、自然にシミュレーションが構築されることもあるでしょうが、シミュレーションの世界には高次の存在を必要とする場合と必要としない場合が考えられます。
世界もそれと同じく、高次の世界にこの世界がシミュレーションとして作られた可能性と、低次の世界から構築されてこちらが高次の世界としてホログラムのように作り上げられている可能性があります。

その世界はもはや現実とほとんど変わらないでしょう。ですが、法則だけが演算によってシミュレートされているのです。
その法則のずれが様々な確率の異常となって現れているのです。

シミュレーション媒体はコンピューターとは限りませんが、コンピューターとするならば、我々が見たことのない世界の、想像すら出来ない性能のコンピューターでしょう。
それは量子コンピューターどころか、20次元、200次元コンピューターとでも呼ぶべき性能を持っているかもしれません。


もう一つのシミュレーションの可能性、人間が構築したシミュレーションである可能性も考えられます。
今度は人間を中心に、そのシミュレーション性を説明します。
それも宇宙的シミュレーションの中に内包されている可能性があります。

そもそもこの世界は、人間の思考から見た場合あまりに奇怪な世界です。

人間の思考だけが宇宙の法則からも突出して奇妙な性能を持っています。

何度か説明していますが、睡眠時の夢というものは、それ自体がシミュレーション性を示しています。現実でさえが夢のようなものである可能性を示すような機能です。

この夢は、自己が無意識に作り上げたはずがないような物語を構築し、夢の中であるのに他人の思考は覗けないことがほとんどです。
集団ストーカーのターゲットに至っては暗示的な夢があまりに多く、自然に見ているものではないことをはっきりと理解しているターゲットも多いでしょう。

集団ストーカーという現象は、圧倒的に運が悪くなる現象で、そのことを他人に次々と仄めかされる現象です。それはまるで世界の法則までもが書き換えられたような現象です。
それがこの世界がシミュレーションである種明かしではないかという一つの答えもあります。

シミュレーション性があることは間違いなく、何者かが運命をも操作しています。

分かりやすいように最も公的な機関である政治について説明すると、何度も同じようなミスや茶番を政治家は繰り返しています。
おそらく国民の誰もがそれでは駄目だと指摘できるでしょうが、彼らはそれを止めようとはしません。
それは何故なのか、説明できる人間は皆無です。

その説明を強行に求めると、この世界は綻びを見せます。
村八分現象という集団ストーカー現象の初期段階が始まります。
全世界の人々がそれを理解しないという奇妙な現象を目撃することになります。

全世界が間違いを犯すはずがないと考える人は、自分自身がおかしくなってしまったように感じるでしょう。

それを客観的に見た場合、やはりそれはシミュレーションなのです。
そのような奇妙な法則が世界にあるとしか言えません。

世界がおかしいというよりは、元からこの世界がシミュレーションであったと考えるしか答えは見つかりませんが、私の場合はそれで精神的なダメージを受けることは特にありませんが、人間の良い思い出を持っている人にとってはやや複雑な心境になるでしょう。

シミュレーションというのは、この世界がコンピューターの中の世界だと言っているわけではなく、その可能性も含みますが、少なくとも現実の世界だとしてもシミュレーション性という世界操作やターゲット操作の力が存在しているということです。

茶番の演技が世界的に横行していると言った方が分かりやすいかもしれません。

一体誰が何のために。

この世界がシミュレーションだと仮定するならば、その答えはいくらでも出るでしょう。
シミュレーションのために、そしてターゲットの奇妙な人生を構築するためにです。

この世界がシミュレーションであるならば、この世界は超難易度の人生であると言えます。
厳しい人生を送っているのはターゲットだけではありませんが、ひょっとしたら全員がターゲットなのではないかとも十分に考えられます。

全世界全人類操作です。

全世界のニュースは茶番がほとんどです。気付かないはずはないでしょう。
巧妙な心理操作で、それを嘘だと言いにくいように調整されています。

集団ストーカーのターゲットは、世界のシミュレーション性をいくらでも説明できます。
世界全体が茶番です。

シミュレーションは法則を書き換えるだけですから、大掛かりなことでも簡単に実現されます。
何のために集団ストーカーのような無駄なことをするのか、そのような理由はいくらでも後付けで説明できます。

人間が簡単に答えを出せるなら、この世はこの世にはならず、集団ストーカーも世界も既に解明されているでしょう。
人間がやっていることを人間が説明できないことがすべての証拠です。
わざと謎や闇を作っている存在は確実に存在します。

しかしこの世界がシミュレーションである場合、理論や理屈ではこの状況を打破できないでしょう。
理論や理屈を捻じ曲げる力こそがガスライティングです。
それも一つの証拠となります。

どんなに説明してもそれが見えない人には見えませんし、理解できない人には理解できません。
そのような法則があり、それぞれの世界観が与えられ、その中でそれぞれが生きています。
自ら理屈を捻じ曲げて、強引にこの奇妙な世界を受け入れていくのです。

さらに別な世界観もいろいろと考えられます。

この記事へのコメント

  • wind2

    コメントを書こうとすると妨害が酷いです。何故?
    2018年08月10日 19:48
  • MAGIC ULTRA

    >wind2さん
    >
    コメントありがとうございます。

    それが気まぐれに発生するものでないのなら、それはもはやルールや法則と言える現象です。
    2018年08月11日 00:28
  • wind2

    思い出そうとすると思い出せなくなるとかの現象も起きています。
    その原因をSF的には考えていませんが、ふと時計を見るといつもカルトナンバーばかりだったりもします。
    以前はそういうことは全くなかったので何がそうさせているのか気になりますね。MAGICULTRAさんの中にその答えが出ているなら教えて下さい。
    あと、集団ストーカー現象にまつわる「シュミレーション」の意味がいまだによく分からないです。
    2018年08月12日 17:09
  • MAGIC ULTRA

    >wind2さん
    >
    コメントありがとうございます。

    正直に言えば、私の答えはSF的なものです。
    現実の確率が変わってしまうわけですから、どのように被害を小さく見積もってもSF的な範囲には必ず入るのではないかと思います。音声送信などはSFそのものです。
    私も時計を見ると偶然並びの数字になっていることが多くなってきました。それは思考送信によってシンクロニシティを強制的に引き起こされているのではないかと思います。
    私は偽の記憶なども頻繁に現れますから、そのような技術があることは間違いないのですが、その技術の範囲は絞りかねています。
    その技術を最大にして理解したものの一つがシミュレーションという考え方になります。

    シミュレーションにはレベルがありますが、思考送信による人間操作も、何らかのプログラムに沿った操作である場合はシミュレーションということになります。
    シミュレーションには複数の意味が出てきますので、追々機会があれば詳細を説明します。
    2018年08月12日 21:52
  • wind2

    ご返答ありがとうございます。
    壮大な話より具体的な話の方が会話がうまく行きそうなのでお聞きしますがMAGICULTRAさんの仰有る「偽の記憶」を植え付けられるとはどのような感じの体験なんでしょうか。
    記憶があってもその記憶が自分のものではないと理性では分かるという体験なんでしょうか?
    私はまだそのような体験をしていないので頭で想像するしかないのですが夢ならおかしなものを見たことがあります。しかし夢に過ぎないので自分の頭を操作された結果だとは思いませんでした。
    でもやはり体験したことがないような説明困難な夢だったので今でも憶えています。
    一体あれは何だったのか?

    今思い出したのですが外国で私と同じ?体験をしてる人達がやはりこれは何なんだ?という感じで不思議な体験を周囲に訴えたり互いに考察されていたみたいです。

    集団ストーカーにはMAGICULTRAさんの仰有る通りミステリーの部分が確かにありますね。
    一体これは何なんでしょうかね。
    2018年08月13日 00:55
  • MAGIC ULTRA

    >wind2さん
    >
    コメントありがとうございます。

    記憶操作にはいろいろな種類があり、思考操作もあります。
    現実ではあり得ない記憶が鮮明に思い出されることがあり、それは思考送信によるものであることが分かります。
    また、他の嫌がらせと組み合わせされていることから、それが偶然思い出された記憶ではないことが分かり、しかもよくよく考えてみるとその記憶はもともとはなかった偽の記憶であることに気づきます。
    それは間違いなく記憶として思い出されますが、その直後にそれは偽の記憶であることに、記憶の種類や整合性、あまりに都合よく現れることから気づきます。

    他の被害者の説明によると、それらは電磁波による攻撃であり、音声送信、身体操作、感覚送信、思考送信、思考盗聴、幻覚送信などの被害が多いようです。

    それらのうちのいくつかを経験していますが、その種類はあまりに多く、どのような操作でも可能であることが分かります。

    夢の操作はまさに思考送信、映像送信、音声送信、感覚送信、幻覚送信になりますね。
    起きている時にそれらが起これば、そのような攻撃になります。

    被害者たちはそれらはテクノロジー犯罪であると主張してますね。
    私もほぼ同じ認識で、それを信じています。
    まだまだ細かく説明しきれていない部分が多いので、少しずつ書いていきます。

    記憶操作とは何か
    http://magicultra.xblog.jp/article/Operation_of_the_memory.html

    記憶操作とは何か2
    http://magicultra.xblog.jp/article/memory_operation2.html

    思考送信とは何か
    http://magicultra.xblog.jp/article/mindtransmission.html

    意識と動作のずれ
    http://magicultra.xblog.jp/article/Gap_of_consciousness_and_the_movement.html

    テクノロジー犯罪とは何か
    http://magicultra.xblog.jp/article/TechnologyCrime.html

    テクノロジーの認識レベル
    http://magicultra.xblog.jp/article/Recognition_level_of_the_technology.html

    幻視と空目
    http://magicultra.xblog.jp/article/Visual_hallucination_and_mistake_in_vision.html

    ハイウェイ・ヒプノーシス
    http://magicultra.xblog.jp/article/Highway_hypnosis.html

    デジャブとタキサイキア現象
    http://magicultra.xblog.jp/article/Deja_vu_and_Tachypsychia.html
    2018年08月13日 23:02
  • wind2

    ありがとうございました。
    載せていただいた各サイトはこのあと読ませていただきます。

    私もたまたまある被害者さんのサイトにあなたの受けている存在しないはずの記憶に関する技術資料が載っているのを今、見つけました。どうやらそれは日本製の技術らしいですね。

    あと、突き放すつもりはないのですがまだ私は思考盗聴とか思考を送信されるといった認識や体験はしていないんです。まだたまに不思議な体験をするなあといったところです。
    悪意はないので気分を悪くなさらないでください。

    手堅く慎重に解析を進めていると思っていただけたら幸いです。
    2018年08月14日 00:36
  • とりあえず名無し

    ブログ主さんの主張されるシミュレーテッドリアリティ、シミュレーション仮説について少々お尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?

    Wikipediaの「シミュレーション仮説」より、関係する箇所を抜書きします↓

    シミュレーション仮説とは、人類が生活しているこの世界は、すべてシミュレーテッドリアリティであるとする仮説のこと。・・・

    我々はシミュレーションの中で生きている、とする見解
    ニック・ボスとロムの主張

    Ⅰ. 何らかの文明により、人工意識を備えた個体群を含むコンピュータシミュレーションが構築される可能性がある。
    Ⅱ. そのような文明は、そのようなシミュレーションを(娯楽、研究、その他の目的で)多数、例えば数十億個実行することもあるだろう。
    Ⅲ. シミュレーション内のシミュレートされた個体は、彼らがシミュレーションの中にいると気づかないだろう。彼らは単に彼らが「実世界」であると思っている世界で日常生活を送っている。
    そこで、以上の3点に「可能性」があるとしたとき、次の二つのうちどちらの可能性が高いかという疑問が生じる。

    a. 我々は、そのようなAIシミュレーションを開発する能力を手に入れる実際の宇宙の住人である。
    b. 我々は、そのような数十億のシミュレーションの中の1つの住人である(iii にあるようにシミュレーション内の住人はシミュレーションであることに気づかない)。
    より詳細に言えば、彼は次のような3つの選択肢を想定した。

    1. 知的種族は、現実と区別がつかないほど現実性のあるシミュレーションを開発できるほどの技術レベルには到達できない。
    2. そのようなレベルに達した種族は、そのようなシミュレーションを実行しようとしない。
    3. 我々は、ほぼ確実にそのようなシミュレーションの中で生きている。



    生活全体が夢であるという仮説には、論理的には全く問題がない。夢の中で我々は眼前のものを何でも創造できる。しかし、それが論理的に不可能でないとしても、真であると仮定すべき根拠もない。そして実のところ、我々と独立な物体が存在し、その行動を感覚を通して感じているという常識的な世界観に比較して、(全てが夢であるという仮説は)単純さに欠ける。

    この主張の哲学的土台となっているのは、ルネ・デカルトの主張である。彼は実在と夢の区別を考えた最初の哲学者の1人である。Meditations on First Philosophy の中でデカルトは「…我々は睡眠と覚醒を明確に区別できる確かなしるしを持たない」[5]とし、結論として「現在、私が夢を見ていて、私の知覚の全てが偽である可能性もある」[5]とした。これは荘子の胡蝶の夢と同様の主張である。

    Chalmers (2003) でも夢仮説が論じられ、それが2つの形態に分類されるとしている。

    ・ある人物がある時点で現に夢を見ていて、彼の世界に関する信念が多くの点で間違っている場合(つまり、夢は早晩崩壊する)。
    ・ある人物が常に夢を見ていて、彼の想像力にもよるが、実在するかのように物体を知覚する場合。[6]
    夢仮説とシミュレーション仮説は共に懐疑論的仮説の一種とされる。しかし、ちょうどデカルトが自身の思考によって自身の存在を確信したように、このような疑問を呈することは、それ自身の真実の可能性の証拠でもある。

    個人の知覚が現実世界に物理的基礎を全く持たないような精神状態は精神病と呼ばれる。
    ・・・


    我々はシミュレーションの中に生きているのではない、とする見解

    問題は、宇宙がコンピュータによるシミュレーションでないことを示す証拠が存在しない点であり、そのためカール・ポパーのような見方を採用すれば、シミュレーション仮説は反証可能性がないため、科学的には受け入れられない、ということになる。

    道徳的問題

    シミュレーテッドリアリティの考え方を広範囲に受け入れることは、危険な状況を生み出す可能性がある。誰もが現実は幻想であると信じていたら、かけがえのない生命という抑制から解放され、犯罪や残虐行為に走ることに躊躇しない者も多く出現するだろう。

    さらに、シミュレーション内の他の人々が単なる「ボット」であるという考えに取り付かれれば、道徳観念は全く異なったものとなる。
    ・・・

    ↑以上がWikipediaの「シミュレーション仮説」の関係箇所の抜書きです。


    シミュレーション仮説、シミュレーテッドリアリティ等は、コンピューターがかなり発達してから出てきた見方・考え方・仮説などですが、昔、大昔から同様の似たような見方・考え方はありました。
    上記のWikipediaにもあるように、デカルトや紀元前には荘子の胡蝶の夢や、古代インドにも外道などのそのような考えもありました。
    現代の集団ストーカー・テクノロジー犯罪被害が始まる昔・大昔から、そのような見方・考え方・仮説などは既にあり、特に集団ストーカー・テクノロジー犯罪などの諸被害や諸事象のすべてを説明するための仮説でもありません。

    上記Wikipediaにも指摘されているように、「問題は、宇宙がコンピュータによるシミュレーションでないことを示す証拠が存在しない点であり、そのためカール・ポパーのような見方を採用すれば、シミュレーション仮説は反証可能性がないため、科学的には受け入れられない、ということになる。」ということもあります。

    道徳的問題の危険性として、現実軽視などや「シミュレーテッドリアリティの考え方を広範囲に受け入れることは、危険な状況を生み出す可能性がある。誰もが現実は幻想であると信じていたら、かけがえのない生命という抑制から解放され、犯罪や残虐行為に走ることに躊躇しない者も多く出現するだろう。」という危険性などが上げられます。

    それに当然の問題として、世界の人々に、「私たちが生活しているこの世界は、実はシミュレーションであると本気で思いますか?」というような質問をすると、当然ほとんどの人々が、そうは思わないと答え、生きています。
    一部、「シミュレーションだと思う」と答えた人に、「では、本当にこの世界がシミュレーションであるとして生涯を生き抜かれますか?」と質問すると、それができる人は、どれくらいいるでしょうか?

    そのようなことなどもあり、人類が生活しているこの世界は、シミュレーテッドリアリティであるとするのは間違いであるというようなことが、私だけでなく殆んどの人々の結論となりますが、これらのことはブログ主さんは如何お考えでしょうか?
    よろしければ、要点をビジターにも分かりやすく教えてください。
    2019年06月22日 17:14
  • MAGIC ULTRA

    >とりあえず名無しさん
    >
    コメントありがとうございます。

    まず私は科学者が言っているシミュレーションに対する感情的な否定に違和感を感じています。
    科学者も言っていますが、シミュレーションと現実の区別はつきませんからその証拠がない限りどちらが正しいか証明できません。これは悪魔の証明そのものになります。どちらが正しいかは誰にも分かりませんから、無理に否定はできないはずです。
    もう一つ、科学者はコンピューターシミュレーションに限って考えていますが、私が考えているのはコンピューターが作り出した仮想現実ではなく現実のメカニズムが作り出した仮想現実の可能性についても考えています。こうなるとシミュレーションでありながら現実そのものということになります。この考えでシミュレーションが終わっても次の人生が存在するというモラルの崩壊は防げます。そもそもコンピューターシミュレーションだったとしても次の人生があるとは限りません。
    コンピューター以外によって作られた世界をもう少し詳しく説明すると、現実でありながらシミュレーションと同等の物理的な抜け道がある世界です。
    科学者が言っているシミュレーテッドリアリティは現代の低いレベルで作り上げたバーチャルリアリティーのイメージで語っている非常に狭い理論ですから、実際の世界はそれとは比較にならないほど無数の理論があると考えています。

    もう少し分かりやすく言うと、この世界はコンピューターの中の世界ではなく現実の物理的な世界ですが、そのメカニズムがコンピューターの中の世界と同等の仕組みであるという考えになります。これは最新の科学理論が量子論を含めて軒並みその方向に向かっているようにも見えます。

    ですから倫理的な問題でシミュレーテッドリアリティを語ろうとする科学者は宗教的感覚を基にそれを否定したいだけでしょう。
    科学者は今まで多くのミスリードを行ってきました。
    例えば人間の生命活動は物理法則に沿って動いているだけの化学反応に過ぎないという表現を科学者はあまり使いません。人間の意志は化学反応による結果であり、自分の力で物事を考えているわけではないという科学的事実を、科学者はむしろ隠そうとしているのです。
    人間の自由意志に関しては量子論の解明にかかってきますが、もし量子の動きに想像を絶する機能があって人間に自由意志を与えているとするならば、むしろこの世界はあまりにシミュレーション的ということになります。

    私が言っているシミュレーテッドリアリティはコンピューターによって作られた幻ではないものの、それ以外のメカニズムはほぼ同じですから便宜上シミュレーテッドリアリティのような世界観と言っています。
    人間に自由意志を与えるためには、現実の物理世界よりもシミュレーテッドリアリティの世界観の方がむしろ好都合です。

    宇宙の姿がどこまで正しいのか分かりませんが、太陽と月の見かけ上の大きさがぴったりと同じというのは偶然にしてはあまりに出来過ぎていると感じます。地球の衛星としては月は異例なほど大き過ぎますし、生命の誕生のメカニズムについてもあまりにも偶然が重なり過ぎています。いずれにしてもどこかにミスリードがあると私は感じています。現実の情報が嘘なのか、もしくは現実そのものが嘘なのかと考えた時に、今の私の感覚では半々です。というのもわざわざ現実の世界の情報を世界規模で書き換えるだろうかという矛盾を感じるからです。

    そしてこれこそがまさにガスライティングです。世界そのものを疑うように仕向けられた罠です。

    私は少なくとも日本国内を移動してどこでも集団ストーカー現象は常に起きていることを確認していますが、これが人海戦術だとするといくらなんでも大規模過ぎるのです。なんらかの電磁波のようなものによる操作にしても、そのエネルギー量を考えた場合は非現実的な値になります。そうであるならば別のメカニズムを使っているのではないかという考えに至ります。そのメカニズムの一つがシミュレーテッドリアリティであり、極めて省エネルギーで集団ストーカー現象を引き起こせます。

    世界の法則が一夜か一瞬で変わるような出来事が起これば分かりやすいのですが、そのようなことはとても望めないので今のところシミュレーテッドリアリティは現実的には仮説に過ぎませんが、論理的な矛盾の少なさを考えて極めて重要視しています。

    倫理的な問題については強制的な操作で収束させることも可能です。シミュレーションであることがばれてしまうと倫理は崩壊しますからそのようなことが起こることはないでしょう。どちらにしても人間の倫理観は集団ストーカーの存在によって微妙に崩壊しています。

    倫理的な問題や心理的な問題とは別に事実は存在しますから、事実は今のところ誰にも知られていないということになります。ただし集団ストーカーは我々の知らない何らかの力を知っているという事実があります。

    集団ストーカーが存在するという時点でこの世界はイレギュラーであり、すべての常識を覆されることもあります。
    今ある科学技術のレベルで考えるのではなく、我々が知らないレベルの科学技術が存在すると仮定して考えなければならない事態です。
    2019年06月22日 23:07