集団ストーカーが仕掛ける罠の一つに、記憶操作があります。
これは思考送信を、無意識の状態や寝ている状態で行い、その情報を通常の記憶と置き換えるものです。
記憶操作のほとんどは、思考送信による強制的な科学洗脳ですが、普通に入ってくる情報を操作することにより、自然に記憶が書き換わるように操作されるローテクの記憶操作もあります。
サブリミナルによる操作も可能かもしれません。
あまりにリアリティーが高い記憶の場合、それが本当の記憶であるか、操作された偽の記憶であるか区別できないこともあります。
大抵は、明らかにあり得ないような記憶を突如として思い出すことから、記憶が操作されたことをはっきりと示されます。
本来の記憶と前後関係が合わなくなることから、それが偽の記憶であることに気付くケースもあります。
例えば、地味な人生であったのに、何故か派手に遊んでいる記憶が存在していたり、経験したことのないスポーツのコツが、いつの間にか記憶に入っていたり、知らない人物の記憶が、まるで友人であったかのようにはっきりと記憶に残っていたりします。
しかし、その偽の記憶は、大抵偽物であると気付いてからすぐに忘れます。
それは記憶を消されているのかもしれませんし、そもそも記憶ではなく、記憶に見せかけた思考送信なのかもしれません。
このような操作は思考操作の一種であり、集団ストーカーは記憶まで自在に操れることが窺えます。
しかし現在のところ、まるっきり記憶が置き換わったというほどの記憶操作を受けた被害報告はなく、わずかに書き換えられた程度の例しかありません。
これは思考送信や夢送信でも、そのように見せかけることは可能であるために、記憶の書き換えというよりは、新しい偽の記憶を送信して古い記憶を混乱させている程度なのかもしれません。
この技術を使えば、全く別の人格、人間に、記憶を変えてしまう操作も可能なのかもしれませんが、それは集団ストーカーの被害を超えますから、おそらく実行される危険はほとんどないでしょう。
集団ストーカーとは、あくまで嫌がらせですから、嫌がらせが出来ない状態になるほどの嫌がらせはしないと考えられます。
肝心な時に肝心な記憶を思い出せなかったり、逆に連鎖反応的に次々と集団ストーカー関連の記憶を思い出したりすることがあります。
それは記憶を思い出すことで嫌がらせが完成する場合があり、それらはトラウマ効果のような思考送信の嫌がらせなのかもしれません。
思考が全く進まなくなったり、同じ記憶が何度も繰り返し再生されたり、また不自然に言葉を間違ったり、言葉が出てこないことがあります。
これらは思考操作だと思われます。
これは集団ストーカーの被害を自覚してから、ある程度の被害の分析を経験することで理解するようになっていきます。
それが操作なのか自然なものなのかの見極めには、自分の状態や意識、思考の客観視も必要です。
人間には不思議とそれが出来る能力が備わっています。
それが嫌がらせであると直感的に気付く操作をされているのか、あるいはその能力が与えられているのか。
自然なのか、集団ストーカーによる操作なのかの微妙な差を感じることは、ひょっとしたら一般の人には難しいのかもしれません。
それが出来てしまえば、誰もが集団ストーカーの存在に気付いてしまいます。
それは能力というよりは、経験の差かもしれませんし、そういった気付きの操作かもしれません。
記憶操作で最も使われるテクニックは、夢の送信です。
まるで記憶のような、はっきりとした現実感のある夢を見せることによって、それが現実であるか夢であるかを判別できないようにします。
また、夢を見たということを忘れることによって、その夢の記憶を現実の記憶だと思い込むようになり、全く経験したことのない事柄の記憶が埋め込まれます。
それを記憶として思い出せば、まるで本当の記憶であるかのように感じるようになります。
思考送信による記憶操作は、夢と分からないように行われることもあります。
夢はなぜ見るのか、仕組みはまだ分かっていませんが、集団ストーカーの被害者は悪意のあるわざとらしい、はっきりとした被害のような夢をよく見ますから、夢は自然なものではないことをはっきりと知っています。
自然な夢もあるかもしれませんが、すべてが自然と考えるには、一般の人が見る夢でさえ無理があるでしょう。
白昼夢は幻覚になりますし、場合によっては幻聴もそのようなものかもしれません。
感覚送信には、直接感覚を刺激して操作されるものと、直接思考を操作して感覚を操作しているように見せかけるものがあります。
いずれも思考送信だけでそのように思わせることは可能です。
SFのような話になりますが、我々は本当に存在しているのか。
思考だけが存在しているのではないか。
それならばすべての現象は脳内で起きていて、それを否定する現象さえも脳内で起きているのではないか。
強度のテクノロジー犯罪の被害者の場合、そこまで考えなければならない被害を受けているようです。
思考送信、記憶操作、それらはバカバカしい与太話ではなく、当たり前のように存在する事実のテクノロジーです。
それを伝えても信じる人はほとんどいないでしょう。
信じようと信じまいと、伝えようと伝えまいと、何も変わらない可能性が高いのですが、これらのテクノロジーを身をもって知っている人々は間違いなく存在しています。
本当は、そのようなテクノロジーは存在しないと考える方が不自然なのです。
この記事へのコメント
1つよろしいでしょうか…集団行動の競技は残酷だな大会だと思っています。世の中の仕組みを大会し、それを見て感動した自分がいました。
テクノロジーとか全く解りませんが、人を操るのは簡単な作業なんだなと絶望します。
世の中はカーストですが、幸せは歩いて来ないだから歩いて行くんだよ。結局のところ自己暗示と自己防衛するしかないんですかね。
集団ストーカー、洗脳、テクノロジーよくわかりません。
行き着くところは人類皆兄弟。味噌と醤油は大豆だ。
難しくするだけムダ全て同じ
MAGIC ULTRA
人間の行動は集団になると、解明されないような奇妙な原理が現れます。
社会は本来、何を守るべきなのか。
人間と社会をコントロールしている何かがあり、それを集団ストーカーと呼んでいます。一種の隠された差別システムです。
自然から不自然へ。
自由から不自由へ。
幸福から不幸へ。
道理の反転が起きて、人生の別のステージに入っているのが集団ストーカーの被害者と言えます。
人間の正体が分からないということに違和感を感じています。
人類皆兄弟、まさに、それが一つのテーマです。
本来同じものが、いくつもの種類に別れていきます。
その不自然な力を見極め、防御、制御できるのかというのが、我々の命題になります。