内観とは意識のすべて、感覚を再現し投影するすべてで、目で見えるもの、耳で聞こえるもの、考える思考、意識が醸成する言語、我々の意識そのものです。
正確にはクオリアは感覚質のことであり、その分かりやすい代表例は色です。
我々は色を認識することが出来ますが、現実の物理世界に色という要素はどこにもありません。そこにあるのは電子の動きだけであり、電波の波長の違いで色を脳内に勝手に醸成し再現しています。
これらのクオリアが物理世界によって作られているものなのかどうかまだ分かっていません。
現代の科学力はそれを知るには低すぎて、まるで物理と内観は別物であるように見えています。
物理作用が意識を作り出すメカニズムはある程度分かっていますが、ハードプロブレム(クオリア)については物理では全く説明できない状況です。

色というものは脳内で勝手に着色されるものです。脳は色を作り出してモノクロですらない無色の世界を色付けして脳内に投影し、我々は赤いリンゴを見ることになります。実際のリンゴには色という要素はありません。ただの原子と電子であり、それを反射した電波を視覚細胞が捉えてリンゴの形と奥行き、色などの内観的感覚を脳が自動的に作り出します。
形と奥行きに関しては物理世界に根差した情報をある程度正確に再現していますが、質感と色などは勝手に脳内で付け足しているものです。
つまり我々が見ている世界は脳内にプログラムされたイメージに左右されているどころか、脳内で作り出された要素を加算されたものを見ていることになります。目で見ているものの多くの要素が妄想と同じようなものだというような説明もできます。
このクオリアの仕組みが現代の科学ではほとんど分からないため、原子や電子よりも小さな要素(量子など)によるものの作用ではないかとか、そもそも色などの感覚はそう思い込んでるだけの錯覚ではないかとか、科学者でさえがいい加減な説明をしています。
まず残念ながら現代の科学とはこのレベルであるという事実があります。
これは私感ではわざと低いレベルの科学だけ流布してるのではないかとさえ感じるほどです。というのも実際に我々が体験しているのはそれらを遥かに超えた科学を持つ何者かによる嫌がらせだからです。
現代の科学力では意識と物理世界を結びつける科学的説明は困難で、ソフトプロブレム(クオリアを除く意識の仕組み)のみを信じてそれ以外のハードプロブレム(クオリア)は妄想によって作り出されている錯覚と説明するしかありません。
赤とか青などの色が錯覚とは、誰が考えても納得できないでしょう。それらははっきりと色という要素を持ち、青と赤は全くの別物に見えているでしょう。
ただし我々は直観と事実は異なるということも学んでいます。それをもとに科学者たちの脳内ではそれらをうまく妄想として処理することが可能になることもあるかもしれません。
広義をさらに広げると意識や科学的論理まで人間が理解するものすべてがクオリアで出来ていると言えます。
人間が直観的に理解するものすべてがクオリアであり、人間の思考までがクオリアです。
数学でさえが人間の直観が生み出したものですからクオリアの範疇を脱していない可能性もあります。
意識が世界を作っているという表現は極端過ぎますが、我々は五感を操作される感覚を知っているわけで、その気になれば何も存在しないところに世界を感じることができることを知っています。
これが最小限の操作であり、我々の意識さえ操作すれば世界のすべての事象を引き起こせます。
クオリアが神経細胞によって作り出された化学的反応だとすると、それは遺伝子の状態からプログラムされているということになります。
遺伝子の状態ではクオリアはおそらく発生しませんから、クオリアは化学反応による投影結果ということになります。
そもそもの化学反応も電子の動きによる作用でしかありませんから、そこから意識が発生するというのは直観的にも結びつきにくいものです。特にクオリアという要素は物理からかけ離れているように感じます。

視点を固定し凝視すると絵が消えるトロクスラー効果

白黒画像に色が見える補色残像効果
錯覚は自分の意識と自分の脳の判断が全く別物であることから起きます。脳のほとんどが自分の意識とは別に様々なものを判断し作り出しています。
この世界の物理はシンプルなものではなく意外に曲者です。
人間の意識をはじめクオリアはあまりによく出来過ぎています。
我々の意識は物理の下には成り立っていないかもしれないという懐疑が生まれます。
物理と意識が一致しなくて良いのならば、意識の正体について考えられる幅が広がります。
世界観も見えている世界に固執する必要がなくなります。
世界中の人々がこの矛盾だらけの世界に気付いていないというのは考えにくいため、もう一つの複雑に操作された世界観を用意する必要がありました。
クオリアは自然の物理現象で発生したものではなく、高度な計算により作り上げられた物理の外側の要素である可能性と世界観です。
人間の意識、自分の意識からしか見えないクオリアの謎が解けることは永遠にないという科学者もいますが、人間の神秘性を保つために物理そのものから隠蔽されミスリードされている可能性がこの世界には十分にあるのです。
この記事へのコメント
風景
1cm位のヘコミで済みましたが、今もそのままです。指向性エネルギー・デバイスで狙って落としたという人もいるでしょうが、恐らく、そうではないことは確定的ですね。
いかなる状況でも、加害者がターゲットを他の一般の人と間違えることはない。或いは子供や老人がタイミングを逃して加害を失敗することもない。これらのことは確かめようがないにも拘らず、経験的実感から導かれた正解と見ていいでしょう。気付かなくてもいい筈のナンバーや怪しいポーズに瞬間誘導される様に視線が往く。これもその一つです。
これらは人に限ったことではありません。水滴の運動、葉の揺らめき、動物の行動や啼き声、空、風、空気感。
つまり加害をしているのは、被害者に見える全風景そのものであるとう実感です。
現象の因果を除外すれば、この結論に矛盾は余り見当たらなくなります。常識では有り得ない事ですが、私の被害者としての現実は、そういう説明をせざるを得ません。
落ちた桜の枯れ枝は人為的なものでなく、被害者の見る全風景の一部としてどの様にも描画出来る得体の知れない力であると思います。クオリアはその為の重要な要素の一部かも知れません。
MAGIC ULTRA
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コメントありがとうございます。
人間は世界の多くの部分を自らの脳の演算によって自動的に作り出しているという仕組みの意味を考えると、生命という時点でやはり少し物理を超えているのではないかと感じます。
こういった事実を踏まえると、集団ストーカーはこのような仕組みも利用していますから、その存在と科学力は現実離れしたものです。
ですから現実の方を疑うという流れになりました。
このレベルになると、どちらであっても驚異的なものです。
リス子
正直に言えば、私は騙されたまま人生を終えたかったですね。痛切に思います。第一に本当の事が分かればまだしも、全く分からない状態です。しかも、これが毎日続くとなれば、うんざりして、心も折れますよね。
少なくとも、これだけの苦痛を強制しておいて、訴えることも儘ならないなら、それと交換条件に少なくとも、真実を教える責任は充分にある程の苦役ですね。この犯罪の最も卑劣な事はその正体を完璧な迄に隠蔽していることですね。それとも、死の間際に走馬灯の様に教えてくれるのでしょうか?
テクノロジーの格差が、これだけの未曾有の悲劇を生むとは誰が予想したでしょう。そして、こんな形態の犯罪が存在したとは、誰が予想出来たでしょう。私たち被害者は、普通の人間位の秘密は有ったかも知れませんが、日々を懸命に生きて来た普通の人間です。なのに一体何なんですか?何の根拠があってこの様な卑劣な犯罪を私達にあてがったのですか?
事実として、今の政治は腐り切っていますね。今まで、ここまで酷い政権は無かったでしょう。
でも、支持率は上がってるって、どういう事なんですか?一体何が起きてるんでしょう?
以上、うっぷんの一部を吐かせて頂きました。
丸(まり)
MAGIC ULTRA
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コメントありがとうございます。
あくまでSF的な仮定の話になりますが、例えば死ぬ直前にシンギュラリティのようなことが起こり、人類が永遠の命を手にするということが起きるかもしれません。
この先に世界がさらに反転することもあり得ます。
例えばこの世界が仮想現実だとするならば、元の世界は生命体が元から存在しない機械だけが動き続ける世界である可能性もあります。
この世界に普通の人間や普通の生活が存在するかどうか分かりませんが、確かにそれを経験している人間はたくさんいます。
我々の考え方はあまりに人間的であるように感じます。人間的でありながらも世の中の動きは壊れた機械のように一斉にあまり正しくない方向へ向かいます。徐々に人間のリアリティーが落ちてきています。
集団ストーカーがただの人間の嫌がらせなのか、人間を超えた存在による虐待なのか、あるいは全く違う意味を持つのか分かりませんが、確かに悪夢よりは良い夢を見たいものです。
MAGIC ULTRA
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コメントありがとうございます。
ESRT
風景さんのコメントに、私はとても共鳴するところがありました。ゴッホの絵を想起しますが、もしかすると彼などは被害者だったのかも知れないと感じます。彼は現実以上のものを見(せられ)て、それが光の本質に近かったというような。そしてそれが後になって世に大々的に評価される。この段取りもどことなく怪しく感じられてきますが…。テクニックは時代によって違うとしても、彼らは似たようなことをずっとやってきたのではないかと。聖書のヨブ記はまさしくガスライティングに読めますから。
個人のターゲットに対してこのようであれば、もちろん集合としての人々へ影響を及ぼすことはやっているのでしょうね。
太陽と月についての引用:
「神は言った。「昼と夜が分かれるよう、天に光体が現れよ。それらは、季節、日、年を示すしるしとなる。天にある光体として地上を照らす」。するとそのようになった。神は2つの大きな光体を造った。大きい方には昼を見守らせ、小さい方には夜を見守らせた。神は星も造った。こうして神はそれらを天に置いて、地上を照らさせ、昼と夜を見守らせ、光と闇を分けさせた。神が見ると、それは良かった」(創世記)
MAGIC ULTRA
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コメントありがとうございます。
ESRT
思考盗聴とおっしゃる方がいらっしゃいますですが、すべての思考が筒抜けというふうには私には感じられず、ほんの一部のような、あるいは彼らの興味の対象が一部なのかわかりませんが。何らかの能力は人間よりずっと上であり、それでも彼らに知性を感じるかと訊かれれば、どうも魑魅魍魎のようにしか私には感じられないです。それが彼らが何かの制限下にあると感じる所以です。
MAGIC ULTRA
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コメントありがとうございます。