情報の不一致

すべての人々が持っている情報が、それぞれ少しずつ違うために、認識がずれるように操作されているようです。

まず、情報と認識を一致させなければなりません。

集団ストーカーが存在するのかしないのかということを、一番最初に考えてしまうと、どう考えても意見が一致しないようになります。
まず、世界はおかしいのだという認識を一致させなければなりません。

人間がやっていることに、答えが分からないということは有り得ないのだということを、すべての人々は認めなければなりません。
人間がやっていることですから、その真意をその人に聞けば良いのです。

しかし、世界の人々は真意を語りたがりません。
明らかに、真実を隠しているのです。

人間の行動に、謎が存在するということが有り得ないのです。
このことに気付きたがらない人々が多いようです。

簡単に言えば、それは幸福を他人に渡したくないからです。
世界の真実が暴かれることで、幸福な人々が、幸福の順当な再分配に移行することを恐れています。

我々は失うものがありませんので、世界の真実を必ず暴きます。
不当に幸福を得ている世界の下僕たちを引きずり下ろします。

よく、日本はという主語から始まる日本論がありますが、世界と日本は同じものです。
私が思うに、むしろ日本は世界の中心です。
外国の情報は、真実に近いとしても単調すぎます。
外国に素晴らしい情報があるのなら、その情報をインターネットで教えてくれる訳者がいてもよさそうですが、ただ日本を批判するに留まっています。

日本がおかしいことは間違いありませんが、世界もおかしいのです。

とにかく情報を一致させて、揺るがない確実な土台を作り上げていかなければなりません。
そう考えると、状況は絶望的であるように思えますが、それが不可能に近いということが集団ストーカーの存在の証明にもなります。
そんなことは、本来簡単にできるはずだからです。

教科書の内容までがずれまくり、時代によって解釈が変わることは仕方のないことですが、解釈に強制性があることが問題です。
試験という名目で、教科書の内容を信じるように、逆らわないように調教されます。
そもそも教科書は無難な内容ばかりで、真実がさっぱり分かりません。

政治による国民生活の最適化が遅すぎることに疑問を持たない人はいないでしょう。
その理由を説明できる人が、マスコミを含めていないのです。
マスコミでさえ文句を言っているのです。

情報の流れがおかしいこと、その根源の説明ができないこと。
その答えを集団ストーカーの存在に求めなければ、答えは永遠に分からないままでしょう。

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