中道という対処方法

中道は、元は仏教用語のようで、悟りに至る一つの方法として語られており、極端な極地へ身を置くことを避けて、そのいずれも見据えて捉えながら、その中に真理を見出す考えのようです。

但し宗教全般的にそうなのですが、特に悟りの考え方がそうですが、自分で納得すればそれが答えという考え方であり、他者による影響といった概念がほとんどありません。
つまり、どうにもならない現状を心の中でのみ解決する方法であり、被害に対処できるとか、他人からの影響を排除できるというものではありません。

現在使われている中道も似たような意味であり、どちらにも偏らない真ん中の道ということです。

中途半端という印象がある言葉ですが、矛盾の中に身を置くことによって矛盾を打破するという考え方は使えるものです。

例えばノイズキャンペーンから逃れるために、ノイズキャンペーンが行われるには不自然な場所、あるいはモラル的に騒音があると良くないところに身を置くという対処方法があります。

それでもノイズキャンペーンが行われた場合、明らかに不自然な騒音の証拠を押さえることができます。
しかし、集団ストーカーの被害者の場合はそれでも逃れられません。
最終的に脳内送信という攻撃を受けることになります。
これは受けたことがある人間にしかその屈辱は分からないでしょう。
自分の体まで何者かに自由にされるのですから。
しかし屈辱を感じ続ける必要はないでしょう。
結局は加害者も何者かに操られているわけですから全員同じです。

敵はダブルバインドという逃げられない場所、生きる上で必ず通らなければならない場所に罠を仕掛けます。

極端な対処をすることが危険に繋がることがあります。
何者かに操られていると感じても、それに完全に従うのではなく、疑いを持って中道の対処をすることが無難でしょう。
完全に拒否をすれば、それはそれで一般の人々に怪しまれることも多くあります。
どのような選択をしても罠であることが多いのですが、中道であれば言い訳が出来る余地が生まれます。

被害者は統合失調症の症状を予め理解していますから、統合失調症のような行動を回避することができます。
それは統合失調症ではない証明です。
それは集団ストーカーによる行動制限のひとつにもなっています。

何かひとつの物事に捉われることなく、万物の事象を捉えることが必要ですが、集団ストーカーの場合はさらにその外側を来ますから、厳密に言えば対処は不可能ですが、作用は及んでいます。

矛盾を利用して、矛盾を暴くことがひとつの対処方法となります。

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