集団ストーカーとは意図的な嫌がらせであり、必然ではなく、不自然な存在です。
集団ストーカー現象とは、その被害者ではなく、被害者の周囲がおかしくなる現象であると述べてきました。
このことから、ターゲットが被害者であることは間違いないのですが、大きく操作されているのはむしろ周囲の事象の方であるとも言えます。
操作されているのは被害者だけではなく、むしろ世界のすべてが操作されているわけです。
それはごく自然に生活している人々、自然の野鳥のさえずり、自然の小川のせせらぎのように見えていて、すべてターゲットに向けた操作として成立していること、世界に二重性があります。
被害者ではない一般の人々は、楽しく自由に生きているように見えて、少しずつターゲットに対して嫌がらせになるような動きになるように操作されているということです。
ですから、集団ストーカーのように見えている人々は、本当に集団ストーカーをしているつもりがない可能性があります。
可能性があるというよりも、そうでなければ世の中のすべての人々が集団ストーカーに気づかない説明がつきませんし、集団ストーカーがまったくボロを出さない説明もつきません。
そうなると、集団ストーカーという言葉には2つの意味が出てきます。
一つは何らかの力に操られた攻撃者という意味。
もう一つは攻撃者を操る何らかの力という意味。
攻撃者は大抵人間ですから、実は動機としては成り立ちます。
単純に生存競争、精神的優位を得る競争ということで、すべての争いは説明がつきます。
私は単純にそのようなプログラムであると思いますが、状況は被害者によって異なります。
被害者によりますが、集団ストーカーの攻撃はほとんどが地味なものですが、時にあり得ないほど大掛かりなものになります。それを場合によっては生涯に渡り続けるわけですから、その攻撃は意味不明なほど大きなものです。一個人や小さな集まりの仕業ではあり得ません。
集団ストーカーの意味をあえて考えるのであれば、いろいろな可能性が考えられます。
対立勢力による弾圧、嫌がらせである可能性。
精神の負荷と耐性の実験である可能性。
人生破壊の実験である可能性。
断罪や矯正システムである可能性。
幸福の追求と逆のシミュレーションである可能性について。
これが弾圧であるなら、動機が存在するはずですし、これほどの力を持っているわけですから、集団ストーカーは我々を闇に葬り去ることは簡単であるはずです。
ターゲットのほとんどは、政治的にノーマルな人間ですし、特定のマイノリティーというわけでもありませんから、ターゲットの特性について攻撃しているとは考えにくく、あくまで無作為のように見えます。
世界中に被害者が存在しているわけですから、国籍も関係ないでしょう。
ターゲットはほとんどの国に一定の割合で存在していますから、特定の国家が首謀者とも考えにくいものです。
人体実験である可能性については、この無意味な嫌がらせからは、感じ取りにくいものです。
特にガスライティングの中には凝っている嫌がらせがあり、実験どころか嫌がらせなのかどうかも分からないものもあります。
周囲の人々までが揃って不自然になっているわけですから、実験としては成り立たないでしょう。
実験ならば、周囲の人々はまともでなくてはなりません。
すべての人々に行動の不自然さがあるわけですから、通常考え得る嫌がらせの可能性についてはほとんど消えます。
集団ストーカーの存在以前に、自分の存在が一体何なのかということも問題です。
存在そのものに対する攻撃であるなら、何のために存在を作られたのかも疑問です。
そうなると、これは断罪システムではないかとも思えます。
これがすべてシミュレーションであるなら、普通の世界が存在しないと考えることで、ある程度の整合性は取れます。
生きることの真の意味を考えるために、ただ生きて幸せになるのではなく、あえて幸せではない状況に身を置くことで矛盾の中から、すべての意味を悟るためのプログラムである可能性。
ただそれにしても矛盾が多く、最終的には意味や価値の全否定に繋がっているような感もあります。
幸せを知らないのであれば、幸せの否定もできませんから、これは矛盾します。
存在の否定から、無との対比によって、無の視点を得るということであるならば、執拗な嫌がらせはむしろ悪の存在証明のように感じます。
集団ストーカーは矛盾を作り出すことによって論理的矛盾に貶める行為ですから、矛盾の螺旋の牢獄に閉じ込められるという表現の方が合っています。
この矛盾の中から出るということは、場合によっては無を意味しますから、確固たる土台の構築が必要になります。
その土台は自己を失うものではあってはならず、自己を評価するものであってもならない。
自己を評価するものはすべて攻撃対象になります。
土台崩しも集団ストーカーの得意技です。
集団ストーカーと戦うということは、意味がないように思える対話を続けるようなものです。
集団ストーカーとは、存在そのものに刻印されたもの、である可能性もあります。
二重の螺旋という言葉は、遺伝子、集団ストーカーの世界観の両方に当てはまります。

この記事へのコメント
超越的な力を持った神と罪を犯した人間との構図がなんとなく見えて来たとき、これが断罪という形を持った恣意的プログラムだという可能性も有り得る様に感じますが、果たしてそれが真の意味での断罪なのかと言うと、それは被害者自身にしか分からないということでしょう。しかしながら、多くの被害者が身に覚えがないと主張しているところを見ると、そうでもないのかも知れません。実際、真に自分の罪を受け入れたならば、裁く主体の正体が不気味である程、その不当性を主張することなど、しないと思います。ただ、過去の記憶にも入り込めるというか、時空を超える力を持っている分けですから、人間には不可能な罪の積算も正確に出来るのではないでしょうか。また主体はそのことについて、告知もしないでしょう。
SAGAWA
何年経っても、その犯人の足係りさえ、一向につかめない。ある人は、これはマジックであり、実は簡単なトリックであるとか。
また、元英国諜報部局MI6の研究員が暴露したマイクロ波攻撃がこの正体であるとか。
これは、某宗教団体による陰謀であり、この犯罪の実行組織もここであるとか。
この犯罪は周知することにより、今の状態よりは改善されるとか。
実行犯は自衛隊であるとか。電車にのったら駅員に死ねとか言われた。こんなこと有り得るのでしょうかと。そんなこと、どうにでも可能ですよ。と何故分からないのでしょうか。非常に違和感を感じざるを得ません。こういう事を言うと、解決を望んでいない被害者が居るとか言い出す人もいますが。
手をこまねいて、黙っていることは出来ないのは分かりますが、この様なレベルの存在でないという事が、直観として、何故分からないのかと思ってしまいます。直結した原因と思われるものが、そこに有ったとしても、時間を経て、そうではないかも知れないと何故、疑えないのでしょうか。洗脳されているかも知れない。確かに、私も強力なマインドコントロールの上にこれを書いているのかも知れません。それを言われたら、まあ反論は出来ませんが。こういうサイトを借りて匿名でこの様な意見を言うのも、卑怯だとは思います。がしかし、一石を投じるのも悪くないかなと。そういう意味ではお許し下さい。
MAGIC ULTRA
コメントありがとうございます。
集団ストーカーは多数の人間を同時に操作しながら、互いの影響がしっかりと計算されているわけですから、一つの演算システムによって操作されていると考える方が自然ですね。
操作の力が存在するということは、操作の力で罪を止めることも可能であり、我々の自由意思がどの範囲で及んでいるのかによって、責任の所在も変わりますが、贖罪によって攻撃が収束するのか興味のあるところです。
MAGIC ULTRA
>
コメントありがとうございます。
同感です。どうやら被害者によって異なる情報が与えられ操作されているようで、被害者同士でさえガスライティングになってしまう驚異の操作です。
この強力な操作の力に気づかない、あるいは信じないことも無理からぬことですが、情報の統一さえうまくいかない現状はもどかしいものです。
MAGIC ULTRA
シミュレーション理論の最大の弱点は、そのシミュレーションは誰が作ったのかというものですが、そうなるとそれは創造主であるわけですから神であるとしか言えません。
それでは神とは何なのかとなると、それは人間の能力を遥かに超えているわけですから宇宙人であるという答えに帰結するのは意外と順当な答えになりますね。
集団ストーカーはすべての人々を操作することが出来ますから、全知全能に近い存在であることは間違いありません。
後はどのようにしてこの神を攻略するかですが、その対処は、結局のところ人間的なものになるようです。
一人の被害者を考えた場合、この人をどの様に追い込みたいのか?このテクノロジーの力量からして、怪しまれることなく、突然死も可能ですが、何故そうしないのか?既に、この一人の被害者は社会的には抹殺状態に近いと言っても良い分けで、この人を例えば何年後に或る状態に持っていくための、チェスゲームなのか、或いは、この状態の継続が最も望む状態で後は本人次第ということか。地雷の様に落命ではなく、手足をもいで経済的損失を狙っているのか。これ程のテクノロジーを有していても、無作為にターゲットを選んでいるのでしょうか、その先には計算された目的がある様に思えます。
白々しい、幼稚とも思える攻撃現象も日常生活にとてつもないストレスを生じさせ、生きる意味の殆どを剥奪出来る分けですから、これが演算された攻撃方法の最適解であるとも思えます。これは正確な情報ではないですが、絶望して次札を選択した方で、送信音声どおり失敗し助かる筈もない状態で意識が戻りICUに1週間、その後の入院生活でも看護師の嫌がらせやオカルトの様な気味の悪い現象に悩まされ何とか退院出来たという話を聞いたことが有りますが、失敗させることが出来るとは、そこまでするとは、一体どんな意味があるのか?そういう意味では、この犯罪は底が知れない印象です。集ストとテク犯が被害者によって使い分けられている場合もあれば、酷い人は両方といった風に、人によって被害の度合も違うのは深い意味がある様に思えますし、私の知っている限りでは、被害発生年齢は人生後半に差し掛かる50代が多いと思います。かつてブログで有名だったミランダさんなどは、まだお若い様でしたが、どんな年齢でもこんな犯罪に巻き込まれるのは御免ですが、単純印象で老年発生に成る程ハンデは結果として生まれるのかと思います。
MAGIC ULTRA
集団ストーカーが自動的なものなのか人為的なものなのかによって解釈が変化しそうですね。
一般人と被害者の違い、さらにテクノロジー犯罪の被害者とそうではない被害者の犯罪目的の違いも興味深いところです。
確かに被害者の平均年齢が高めである印象があり、若い人が少ない印象がありますね。意味がありそうですが、精神病になぞらえた印象操作なのか、あるいは集団ストーカーの情けなのか、もしくはこれから変化する可能性もあるかもしれません。
絶望に追い込みながら、いざ落ち込むと、さらに弱みに付け込む攻撃を加えたり、なぐさめのような仄めかしを与えたりと、不思議な動きを見せることがあります。
人生そのものにその力が常に働いているような気がします。
wind2
被害者が周り中から攻撃されるのはそいつが悪い奴だからだという理由は加害者側の用意した口実にすぎなくてそれを真に受けると加害者側の思うツボになると思います。
集団ストーカーは世界レベルの支配者層が行っているステルス監視網やステルス攻撃及びステルスコントロール体制の現れではないでしょうか。目的は人類の完全支配。
その中で私達はたまたま下っ端の奴等に選ばれただけなのではないかと思います。
スケープゴートです。
MAGIC ULTRA
>
コメントありがとうございます。
彼らは高度な操作能力で先読みして茶番を組み立てることができるわけですから、断罪システムは一つの茶番という攻撃方法に過ぎない可能性は高いと思いますね。