常識という攻撃

世の中に出回っている論理を見ていると、そのほとんどが常識に沿っていて、常識を構築する圧力のような内容を含んでいます。

常識の裏をわざとついてくる人という概念が、どこにも見当たりません。

悪というものは、欲望か、あるいは根源的なアウトロー心理から発するものであり、意図的な計算から発せられるものはほとんどないという感覚が、強く根付いているようです。


常識をあえて攻撃するのが集団ストーカーです。

ですから、一切の常識は通用しないのです。

ただし、常識という言葉には複数の意味があり、最低限知っておくべき知識や、わきまえるべき良識という意味もあります。
ここで言う圧力としての常識、そこから外れたものを精神病と認定する悪としての常識とは別の意味もあります。
常識という言葉にはいくつもの意味が混在している、ダブルミーニングが施されているということにも注意が必要です。


自分は常識になど縛られていないと考えている人ほど、常識を打ち破れていないように感じます。


例えば常識や、なんらかのイメージや知識があった場合、あえてそれを逆手に取って、それを利用して攻撃するのが集団ストーカーですから、集団ストーカーの攻撃の前には常識は存在しないのです。

常識が存在するという感覚はすべて捨て去らなければなりません。

常識とは圧力であり、望む常識と押し付けられる常識との戦いです。


逆に言えば、集団ストーカーが操作して常識を信じるように洗脳しているわけですから、集団ストーカーを信じないのであれば、永遠にその常識から脱出することは出来ないかもしれません。


常識は一切通用しない、逆にその常識を利用されて攻撃されると訴えているわけですから、そういった情報が世の中にないことを疑問に思うべきでしょう。
意図的に隠されなければ、この手の情報はもっと専門的に分析されて周知されるはずです。

嫌がらせを防ぐ方法、嫌がらせの方法、嫌がらせをする人々の心理などの情報が、全く進化せずに同じ議論が繰り返され、解決されないままに時代が進んでいます。
嫌がらせを続けるためには、そういった土台が必要です。
世の中のかたちのすべてが、わざとらしく、嫌がらせがやりやすいかたちのままになっています。


常識から外れたことはすべて精神病にされて、社会から除け者にされるという圧力をかけられます。
それは心理的な脅迫です。

常識は一切通用しない、理論さえも通用せずに攻撃に利用される。
この世の中の情報はすべて嘘かもしれないという可能性まで考えなければ、純粋に物事を考えることは出来ません。

良いことに悪いことが混ぜられることによって、良い行いをしたとしても、悪いことをしたことになってしまうのです。
この場合、悪いことをしたのだという自覚がありません。

人間の行動のほとんどが、このような洗脳的なメカニズムの中にあります。

倫理や善悪、物理、人間など、すべての要素が攻撃に使われます。
世の中はどうにでもなります。

この事態に気付くためには、世の中の矛盾に気付くしかありません。

矛盾はどんどん分かりやすく、わざとらしくなっています。

新聞はまだ常識的に見えますが、テレビは一歩引いて見れば、おかしなところばかりになっています。

政治については言うまでもないでしょう。
こういった茶番劇のような現実はあり得ません。

これらは集団ストーカーによる複雑化、差別化のプログラムでしょう。

しかし、一般の人は敢えてリスクをかけてまで、真実に気付くという道は選択しないでしょう。
おとなしくしていれば、幸せに生きられるわけですから。


それらは、常識という強迫です。

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