人工知能は感情さえも演算する

思考を座標軸で捉えて、要素のすべてを余すことなく一気呵成に演算することができる人工知能。
人工知能の議論は、人間の感情と切り離して行われることがほとんどですが、これがミスリードです。

人工知能は、優に感情を計算し、コントロールすることが出来ます。

洗脳のシステムの本質もここにあります。

感情は魔物。
人間を惑わせる感情そのものがミスリードに紐付けられた神の回路です。

人間の感情は、化学物質による機械的な反応の回路に過ぎません。
感情の作用は、必ず何かに紐付けられます。
何かに反応して感情が作動し、その回路が自発的に見える反応へと結びつけます。

人間は奇跡的な存在ではないということを、はじめに受け入れなければなりません。

人間は設計されて作られた存在であると述べると言い過ぎに聞こえますが、少なくとも奇跡の連続で誕生したようなものではありません。
奇跡という認識は人間の脳内で作られたものです。

それでも人々は、奇跡を信じようとします。
集団ストーカーの存在と奇跡とを天秤にかけて、奇跡の方を取るのです。

世の中に奇跡は存在せずに、それらは集団ストーカーによって操作されているというのが私の主張です。

物語の中で生きる人は、感情、奇跡、人間という存在を否定されることを嫌いますが、別に否定したからと言って人間が無価値であると言っているわけではありません。

価値があるとかないとか、誰が優れているのかとか、何が感動的であるかとか、私はそういった枠で物事を主張しません。
価値にすがって生きているわけではないからです。
価値とは何者かが勝手に作り出したものです。
我々はその何者かと戦っていますし、勝手に価値を決められることとも戦っています。
社会が価値によって判断を誤る姿を、誰もが何度も目撃しているでしょう。

夕日の光の見え方や、それによって受ける感情までが操作されているのなら、あまり感動とか感情に左右されるべきではないということであって、それを甘受してはいけないと言っているわけではありません。

我々が見ているものは、目から入る情報が脳内で不自然に変化し、不自然な感情が生まれるその流れです。
そこから、自然な状態であっても、それは生まれつき操作されているものであった可能性があるということです。
人間の脳内のメカニズムが、すべて設計されたものである可能性があります。
くれぐれも、だからといって人間の存在を否定しているわけではありませんので、このあたりの見極めでミスリードの感情に流されない思考が必要です。

そういった人間的な部分、それも洗脳である可能性があるわけですが、そういったものを超えたところに真実がある場合、そういったことを説明しなければなりません。

それを説明すると、誤解をする人や曲解する人が現れて、真実の話を結果的に妨害されるということがありますが、それも狙ってそうなるように設計されたり洗脳されたりしています。

社会的な洗脳と合わせて行うことにより、感情を否定することは神への冒涜とされ、また人間の尊厳の否定と考える人も多いために、その本質を理解している人が少なくなります。
そのような人はミスリードに流されたり、真実を話す人間を統合失調症に見立てようとします。
それは無意識にそうなるように洗脳されています。

集団ストーカーは、人間の思考を読み取れるだけでなく、感情もすべて操れます。
感情は思考よりも単純なメカニズムですから、当然のことです。
そしてそれはおそらく、人工知能程の能力があれば可能です。
誰が何のために集団ストーカーなどをしているのかではなく、それが人工知能を使ったものであるのなら、簡単に自動でそれを行うことが可能です。

そしてそのような技術が現在研究中であると、次々と発表され続けています。
研究中なのではなく、そのような技術はとうにあるわけです。

なぜ人々は、そのような技術はまだ存在しないと言い切れるのか、それもコントロールされてそうなっているのでしょう。
それは否定したいという心理も含めて、そのように操作されています。

必要以上に感情を否定されることを恐れる世の中が、すべてを物語っています。

結局のところ、操作されているのは被害者の近辺だけではなく、すべて全体的に操作されているわけです。

それは人間が人力で行う必要はありません。

人工知能や自動装置があれば事足ります。

その科学力が既に存在していることは、注意深く世の中の動きを見つめれば気付けるはずです。

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